最高裁判所第三小法廷 昭和51年(オ)611号 判決 1977年2月22日
上告人
吉岡佐江子こと
李晶伊
右訴訟代理人
莇立明
被上告人
京都東ナシヨナル住宅設備機器株式会社
右代表者
岩崎四郎
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人莇立明の上告理由について原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。
1 住宅電気設備機器の設置販売等を業とする被上告人は、昭和四五年五月一二日訴外河本阪道(以下「河本」という。)から、上告人所有家屋の冷暖房工事を、代金四三〇万円、工事完成時現金払の約旨で請け負い、上告人は被上告人に対し、河本が被上告人に負担すべき債務につき連帯保証した。
2 右冷暖房工事は、河本が同年五月初旬ころ上告人から請け負つたものであるが、河本は、従来規模の大きい工事を請け負つたときは、みずからこれを施行することなく、更に他と請負契約を締結して工事を完成させ、みずからは仲介料を得ていたところから、本件の場合も、これを被上告人に請け負わせたものである。
3 被上告人は、同年一一月中旬ころ、右冷暖房工事のうちボイラーとチラーの据付工事を残すだけとなつたので、右残余工事に必要な器材を用意してこれを完成させようとしたところ、上告人が、ボイラーとチラーを据え付けることになつていた地下室の水漏れに対する防水工事を行う必要上、その完了後に右据付工事をするよう被上告人に要請し、その後、被上告人及び河本の再三にわたる請求にもかかわらず、上告人は右防水工事を行わずボイラーとチラーの据付工事を拒んでいるため、被上告人において本件冷暖房工事を完成させることができず、もはや工事の完成は不能と目される。
以上の事実関係のもとにおいては、被上告人の行うべき残余工事は、おそくとも被上告人が本訴を提起した昭和四七年一月一九日の時点では、社会取引通念上、履行不能に帰していたとする原審の認定判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。
そして、河本と被上告人との間の本件契約関係のもとにおいては、前記防水工事は、本来、河本がみずからこれを行うべきものであるところ、同人が上告人にこれを行わせることが容認されていたにすぎないものというべく、したがつて、上告人の不履行によつて被上告人の残余工事が履行不能となつた以上、右履行不能は河本の責に帰すべき事由によるものとして、同人がその責に任ずべきものと解するのが、相当である。
ところで、請負契約において、仕事が完成しない間に、注文者の責に帰すべき事由によりその完成が不能となつた場合には、請負人は、自己の残債務を免れるが、民法五三六条二項によつて、注文者に請負代金全額を請求することができ、ただ、自己の債務を免れたことによる利益を注文者に償還すべき義務を負うにすぎないものというべきである。これを本件についてみると、本件冷暖房設備工事は、工事未完成の間に、注文者である河本の責に帰すべき事由により被上告人においてこれを完成させることが不能になつたというべきことは既述のとおりであり、しかも、被上告人が債務を免れたことによる利益の償還につきなんらの主張立証がないのであるから、被上告人は河本に対して請負代金全額を請求しうるものであり、上告人は河本の右債務につき連帯保証責任を免れないものというべきである。したがつて、原判決が被上告人は河本に対し工事の出来高に応じた代金を請求しうるにすぎないとしたのは、民法五三六条二項の解釈を誤つた違法があるものといわなければならないところ、被上告人は、本訴請求のうち右工事の出来高をこえる自己の敗訴部分につき不服申立をしていないから、結局、右の違法は判決に影響を及ぼさないものというべきである。論旨は、いずれも採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(高辻正己 天野武一 江里口清雄 服部高顯 環昌一)
上告代理人莇立明の上告理由
第一、原判決には民法第四一五条の履行不能に関する解釈を誤つた違法があり、破棄さるべきである。
一、民法第四一五条は債務者の責に帰すべき事由による債務の履行不能の場合における損害賠償の義務について定めているが、債務の履行不能の要件たる不能であるか否かは、社会の取引観念を基準として、本来の給付内容を目的とする債権を存続させることが不適当だと考えられる場合にのみ不能と認定すべきで主観的不能はそれに該当せず、客観的不能に限ると説かれていることは周知のとおりである。
二、しかるに、原判決は、第一審判決を引用し、
「原告(被上告人)は、昭和四五年一一月中旬頃、右冷暖房設備工業のうち、ボイラーとチラーの据付工事を残すだけとなつたので、右残存工事に必要な器材を用意して右冷暖房設備工事を完成させようとしたところ、被告(上告人)李は、ボイラーとチラーを据付けることになつていた地下室に水漏りがしているので、その防水工事が済んでから右据付工事を施行するように原告(被上告人)に要請したこと。
その後、被告(上告人)李は、原告(被上告人)および被告河本の再三にわたる請求にもかかわらず、右防水工事を施さずボイラーとチラーの据付工事を拒んでいるため、原告(被上告人)は、右冷暖房設備工事を完成させることができず、もはや工事の完成は不能と目されること」と判示した。右判示によれば、原判決は、注文者たる上告人が、ボイラーとチラーを据付けることになつていた地下室に水漏りがしているので、その防水工事が済んでから右据付工事を施行するように請負人たる被上告人に要請したが、その後、逆に、上告人が右防水工事を施さず、ボイラーとチラーの据付工事を拒んでいるため右冷暖房工事を完成させることがもはや不能と目されるという訳である。これは、防水工事の施行を施せない原因がどこにあるのか、又、その施行責任は上告人が負うのかどうか、さらにボイラーとチラーの据付工事を拒んでいる原因が、その他にあるのかどうかという本来の給付内容を目的とする債権を存続させることが適当かどうかにつき、社会の取引観念、客観性を基準として判断せずに全く上告人の主観的判断のみを基準として、上告人が不能と判断しているから不能という主観的不能の見解に原判決が立脚していることは明らかに証明するものである。
三、かかる法律判断は、明白に民法第四一五条の履行不能に関する法律解釈を誤り、その結果、上告人に請負代金の支払責任を課すという不当な結論を導き出すこととなつた。右は明白なる法律違反として、原判決の破棄事由を構成するものである。
第二、原判決には民法第六三二条の解釈を誤つた違法があり、右は原判決を破棄すべき事由を構成している。
一、民法第六三二条は請負契約は請負人が仕事の完成を約し、註文者は仕事の完成による結果に対し報酬を支払うべきものと規定している。
本件冷暖房工事の請負契約は、本件のボイラーやチラー、クーリングタワーの設置を中心とする一連の工事であつて、単に各所に放熱器を設置し、配管したのみでは、冷暖房工事のほんの一部に着手したにすぎず、到底完成にほど遠いもので、右部分だけを可分なものとして工事を区切り出来るものでは全くないこと社会常識に属する問題である。
二、しかるに原判決は、被上告人の本件工事を可分的なものとみなし、冷暖房の本体ともいうべきボイラー、チラーやクーリングタワーの据付けを全くせず、配管の接続から、電気配線もしていない本体工事の現状に対し、出来高に応じた報酬、請求権があるとの認定を行つた。右は明らかに工事の未完成途中で出来高に応じ報酬請求権を認めた考え方に立脚しており民法第六三二条の明文の規定に反し解釈を誤つたものといわざるを得ない。
その結果、原判決は、上告人に対し、不当にも報酬支払を命ずるという誤つた結論を導き出したもので、到底破棄を免れないものと考えるものである。